SERIALIZATION

3 May 2021
『高橋智史が撮る故郷・秋田』
毎日新聞秋田県版の紙面で、故郷秋田で伝承されてきた人間の営みを伝える連載『高橋智史が撮る故郷・秋田』が始まりました。秋田での撮影は、私自身の原点を見つめることにも繋がっていくような気がします。
第1話は『神の魚求めて』。初冬の風物詩『季節ハタハタ漁』を取材させていただきました。

26 May 2021
第2話では、男鹿市真山地区の『真山の万体仏』を取材させていただきました。今から300年前の江戸中期、普明という仏教僧が、幼くして落命した多くの子どもたちと、愛弟子を供養するためにお堂を建てました。そして、彼等の魂を救うために、1万2千体以上の地蔵菩薩を彫り続け、それはいつしか真山の万体仏と呼ばれるようになりました。

11 May 2022
第12話では、五城目町周辺地域が発祥と伝わる秋田の郷土料理『だまこ鍋』作りの名人、石井邦子さんを取材させていただきました。東日本大震災時、岩手県大槌町の浪板観光ホテル(当時)には、五城目町と隣町の井川町から来た43人の老人クラブの一行が宿泊していました。ホテル従業員の指示により全員が助かりましたが、避難を見届けたホテル社長と料理長、3人の消防団員の命が津波により失われました。その後『大槌町民の恩義に報いたい』と願う町の要請を受け、邦子さんを始めとしたメンバーは、震災から2か月後に大槌町に向かい、だまこ鍋の炊き出し活動を行いました。壮絶な現場に時に言葉を失いながら、『美味しい。もっと食べたい』と話してくれる人々に心を寄せ、だまこ鍋をふるまいました。当時の出会いは絆となり、だまこ鍋を通した人々との友情が続いています。

6 July 2022
第14話では、大銀山として名を馳せた湯沢市の『院内銀山』を取材させていただきました。院内銀山は江戸期の発見から約350年の足跡を歴史に刻み、秋田藩の財政を支えました。銀の輝きは全国から人をひきつけ、一万人以上が集う『院内銀山町』を形成し、『出羽の都』と称されました。その隆盛を支えたのは、一人一人の名もなき鉱山労働者の力でした。鉱物粉塵に長期に渡り曝露された彼らの肺は『よろけ』と呼ばれる『珪肺(けいはい)病』に蝕まれ、『30歳まで生きれば長生き』とされました。院内銀山跡地にある『三番共葬墓地』は、銀山で生涯を終えた人々の、約500基の墓碑が連なり、彼らの生きた証が刻まれています。植物に覆われたその姿は、一つの文明が役割を終え自然に還っていくような光景でした。

5 October 2022
第17話では『千体地蔵』に込められた願いを取材させていただきました。古来、交通の難所として知られた由利本荘市の『折渡峠』に千体の地蔵が立ち並んでいます。江戸期より、霊場として信仰を集めていたこの地に千体の地蔵をまつり、新たな信仰の場とする実行委員会が平成元年に発足。故・髙橋喜一郎さんを会長として寄進者を募り、千体の地蔵が建立されました。喜一郎さんは戦時中、特攻機『桜花』の研究にも携わりました。自らが関わった兵器により多くの命が失われた深い悔恨の念から、戦後は恒久平和を願い続ける人生をおくります。沖縄戦のガマから石を、広島と長崎から被爆した瓦とモルタルのかけらを譲り受け、山の頂上に設置した二体の地蔵の足元に埋めて供養しました。夕暮れ時、木々の隙間から光が優しく峠に差し込み、あまたの地蔵が美しく浮かび上がりました。それはまるで、地蔵に込められた願いが一つ一つ照らし出されたような、心を打つ光景でした。

5 April 2023
2年間の連載最終話では、美郷町六郷に伝わる小正月行事『六郷のカマクラ』の最終日を飾る『竹うち』を取材させていただきました。竹うちは、長さ6メートルの青竹を男衆が雪の中で激しく打ち合う勇壮な行事。彼らは北軍と南軍に別れて対峙すると、古代の合戦を思わせる木貝を吹き鳴らし、気合をたぎらせます。決戦の幕が開けると双方が一斉にぶつかり合い、竹が何度も振り下ろされます。最後の戦いの前には、人々が願い事を記した天筆を焚き上げる『天筆焼き』が行われ、荘厳な火柱が天に向かって昇りました。炎は空間を朱色に染め上げ、激突する男衆を照らし出しました。それは、いにしえの願いと共に歴史を歩む、人間の生きる証しが凝縮された、魂を揺さぶる光景でした。