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3 May 2021

『高橋智史が撮る故郷・秋田

毎日新聞秋田県版の紙面で、故郷秋田で伝承されてきた人間の営みを伝える連載『高橋智史が撮る故郷・秋田』​が始まりました。秋田での撮影は、私自身の原点を見つめることにも繋がっていくような気がします。

 

第1話は『神の魚求めて』。初冬の風物詩『季節ハタハタ漁』を取材させていただきました。

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26 May 2021

第2話では、男鹿市真山地区の『真山の万体仏』を取材させていただきました。今から300年前の江戸中期、普明という仏教僧が、幼くして落命した多くの子どもたちと、愛弟子を供養するためにお堂を建てました。そして、彼等の魂を救うために、1万2千体以上の地蔵菩薩を彫り続け、それはいつしか真山の万体仏と呼ばれるようになりました。

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30 June 2021

第3話では、女性の生涯を守る神様として尊ばれ、子宝、安産、子どもの健やかな成長を願い、全国から年間約6万人の参拝者が訪れる秋田県大仙市協和にある『唐松神社』を取材させていただきました。唐松神社では江戸後期に『唐松講中』とも『唐松八日講』ともいわれる毎月8日に女性が参拝する慣習が生まれ、その集いの場が信仰を深める原点となり、人々の生きる芯棒になっていきました。

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3 August 2021

第4話では、日本最後の空襲として知られる『土崎空襲』をテーマに、砲弾の破片によって頭部をそぎ飛ばされた『首無し地蔵』を取材させていただき、不戦と平和の願いを記事に込めました。250人以上の命が失われた土崎空襲。8月15日における終戦、わずか10時間ほど前の出来事でした。

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30 August 2021

第5話では、商業生産されている国内最北の産地であることから『北限のお茶』として知られる秋田県能代市の『檜山茶』作りに魂を注ぐ、梶原啓子さんを取材させていただきました。檜山茶は約300年前、檜山地区を所領する武家を通じて京都の宇治茶が伝わり根付きました。最盛期には200戸ほどで生産されていましたが、檜山茶を栽培する茶園は現在わずか2戸になり、希少なお茶となっています。

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31 December 2021

第7話では、日本唯一の『ナマハゲ面彫師』石川千秋さんを取材させていただきました。石川さんは先代である父(故人)の後を継ぎ、親子2代にわたる『石川面』と呼ばれるナマハゲ面を生み出しています。石川さんが生み出すお面は、来訪神であるナマハゲの代表的な顔として全国の人々に知られ、各町内で受け継がれてきたお面と共に伝統のナマハゲ行事を支えています。

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10 January 2022

第8話では、太平山の修験者たちが伝えたとされる『山谷番楽』を取材させていただきました。山谷番楽は、太平山の雄姿を目の前に望む秋田市太平山谷地区で500年以上も受け継がれてきました。山谷番楽は1967年に市無形民俗文化財に指定され、同年に設立された『秋田市太平山谷番楽保存会』により、子どもたちへの継承活動が続けられてきました。子どもたちはその技を身につけ、いにしえの舞を各地で披露しています。

19 January 2022

第9話では、秋田の民間伝承を代表する『男鹿のナマハゲ』に100年以上前から使用され、80年代に消失した後、約30年ぶりに復活した男鹿市双六地区のナマハゲ面、『双六面』の復活をテーマに取材させていただきました。ナマハゲ行事が行われた今年の大晦日は吹雪の夜でした。復活を遂げた双六面は、白い大地に確かな足跡を残し、連綿と受け継がれてきたナマハゲ行事に新たな一ページを刻みました。

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8 March 2022

第10話では、江戸中期から秋田に伝わる土人形『八橋人形』を取材させていただきました。八橋人形は、京都・伏見の人形師が秋田に窯を開いたことが起源とされ、最盛期には500種類の『型』があったと言われています。しかし、時代の変遷と共に八橋人形は衰退し、2014年には最後の伝承者だった道川トモさんが逝去され、廃絶の危機に直面しました。その一年後に、廃絶を惜しむ有志により『八橋人形伝承の会』が立ち上がり、制作と伝承活動に取り組んでいます。

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6 April 2022

第11話では、20年の歳月を投じた干拓事業前、琵琶湖に次ぐ国内2番目の大きさを誇る湖だった『八郎潟』の『ボラ塚』を取材させていただきました。干拓前は日本海と繋がり、フナ、スズキ、ボラ、シラウオ、ウナギ、シジミなど多様な魚介類が水揚げされる豊穣な汽水湖でした。古来より漁業が盛んに行われ、魚の習性に合わせた漁法も50種近くが生み出されました。そして人々は漁の節目ごとに、恩恵をもたらす魚への感謝と供養の意を示すために、八郎潟周辺に『魚塚』を建立してきました。

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11 May 2022

第12話では、五城目町周辺地域が発祥と伝わる秋田の郷土料理『だまこ鍋』作りの名人、石井邦子さんを取材させていただきました。東日本大震災時、岩手県大槌町の浪板観光ホテル(当時)には、五城目町と隣町の井川町から来た43人の老人クラブの一行が宿泊していました。ホテル従業員の指示により全員が助かりましたが、避難を見届けたホテル社長と料理長、3人の消防団員の命が津波により失われました。その後『大槌町民の恩義に報いたい』と願う町の要請を受け、邦子さんを始めとしたメンバーは、震災から2か月後に大槌町に向かい、だまこ鍋の炊き出し活動を行いました。壮絶な現場に時に言葉を失いながら、『美味しい。もっと食べたい』と話してくれる人々に心を寄せ、だまこ鍋をふるまいました。当時の出会いは絆となり、だまこ鍋を通した人々との友情が続いています。

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1 June 2022

第13話では、由利本荘市の潟保集落に、200年以上受け継がれてきた伝統の獅子神楽『潟保八幡神社神楽』を取材させていただきました。同神楽は、江戸中期に起源を持ち、現在は毎年4月の第3日曜日に行われる『潟保八幡神社例祭』で演じられています。取材当日、潟保は青空に包まれ、絶好の祭り日和でした。神楽囃子の音色が穏やかな風に乗って、春の息吹を運び込んでいるような気がしました。

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6 July 2022

第14話では、大銀山として名を馳せた湯沢市の『院内銀山』を取材させていただきました。院内銀山は江戸期の発見から約350年の足跡を歴史に刻み、秋田藩の財政を支えました。銀の輝きは全国から人をひきつけ、一万人以上が集う『院内銀山町』を形成し、『出羽の都』と称されました。その隆盛を支えたのは、一人一人の名もなき鉱山労働者の力でした。鉱物粉塵に長期に渡り曝露された彼らの肺は『よろけ』と呼ばれる『珪肺(けいはい)病』に蝕まれ、『30歳まで生きれば長生き』とされました。院内銀山跡地にある『三番共葬墓地』は、銀山で生涯を終えた人々の、約500基の墓碑が連なり、彼らの生きた証が刻まれています。植物に覆われたその姿は、一つの文明が役割を終え自然に還っていくような光景でした。

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10 August 2022

第15話では、国重要無形民俗文化財『土崎神明社祭の曳山行事』を取材させていただきました。武者人形が飾られた約3トンの曳山が各町内から動き出すと、情緒溢れる『港ばやし』の音色と共に、曳子たちの『ジョヤサ!ジョヤサ!』のかけ声が響き渡り、沸き立つ熱気に港町は包まれます。まつりの最後には、港ばやしの一つ『あいや節』が奏でられ、​哀調を帯びた音色が暖かな風に乗って、午前1時を過ぎても耳に届きました。たぎる港魂を優しく鎮めるような、名残りを惜しむような、心に深くしみる音色でした。

7 September 202

第16話では、秋田県美郷町の本堂城回地区の『鍾馗(しょうき)様』を中心とした『わら文化』を取材させていただきました。鍾馗様は疫病を追い払う厄除けの神様として古来中国で信仰され、日本に伝来後、各地の文化に融合していきました。秋田県有数の米どころである美郷町を表すように、本堂城回地区の鍾馗様は身の丈約3メートルの巨大なわら人形。悪疫から地区を守り、集落安寧の願いが込められている道祖神として大切に受け継がれてきました。

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5 October 2022

第17話では『千体地蔵』に込められた願いを取材させていただきました。古来、交通の難所として知られた由利本荘市の『折渡峠』に千体の地蔵が立ち並んでいます。江戸期より、霊場として信仰を集めていたこの地に千体の地蔵をまつり、新たな信仰の場とする実行委員会が平成元年に発足。故・髙橋喜一郎さんを会長として寄進者を募り、千体の地蔵が建立されました。喜一郎さんは戦時中、特攻機『桜花』の研究にも携わりました。自らが関わった兵器により多くの命が失われた深い悔恨の念から、戦後は恒久平和を願い続ける人生をおくります。沖縄戦のガマから石を、広島と長崎から被爆した瓦とモルタルのかけらを譲り受け、山の頂上に設置した二体の地蔵の足元に埋めて供養しました。夕暮れ時、木々の隙間から光が優しく峠に差し込み、あまたの地蔵が美しく浮かび上がりました。それはまるで、地蔵に込められた願いが一つ一つ照らし出されたような、心を打つ光景でした。

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2 November 2022

第18話では秋田県男鹿半島北部の琴川地域の里山で、耕作放棄地の再生活動に尽力されている佐藤毅さんを取材させていただきました。同地域は、ホタルが舞う水田と里山が広がる美しい場所。佐藤さんはその地で、自家焙煎によるコーヒー豆焙煎所と喫茶店『珈音』(かのん)を営みながら、先人より受け継がれてきた里山を生かし守ろうと、活動を続けています。

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7 December 2022

第19話では『いぶりがっこ』発祥地と伝わる秋田県横手市山内(さんない)地区で、伝統の『山内いぶりがっこ』を作り続けてきた高橋健太郎さんご家族を取材させていただきました。秋田県の方言で、漬物のことを『がっこ』と言います。私が幼少の頃、祖母の友人たちが家に集うと、大根、白菜、にんじん、ナスなど各自が作った自慢のがっこがお茶うけに持ち寄られ、話に花が咲いていました。彩り豊かながっこの文化は、収穫した野菜を大切に使い切る先人の知恵によって生み出され、風土や歴史を反映してきました。

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11 January 2023

第20話では、今年で開催60回の節目を迎える『みちのく五大雪まつり』の一つ、『なまはげ柴灯(せど)まつり』を取材させていただきました。なまはげ柴灯まつりは、伝統のなまはげ行事と、900年以上前から男鹿市真山地区真山神社で行われてきた神事『柴灯祭』を組み合せ、昭和39年に始まりました。新型コロナウイルスという難しい状況が続く社会。無病息災と五穀豊穣をもたらすなまはげの存在は今の時代において、より大きな意味を語りかけてくるような気がします。

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1 February 2023

第21話では奥羽山脈のふもとに位置し、秋田県屈指の豪雪地帯である横手市山内地区で醸造される『山内濁酒』をテーマに、濁酒作りに魂を注ぐ『山内四季彩館』の皆様を取材させていただきました。山深い同地区に分け入った先人たちは、林業や農業を興しながら集落を築き、山間に生きる暮らしの知恵を継承していきました。古来、日々の力仕事を終えた男たちの間で夜な夜な愛され、密かに醸造されてきた『山内濁酒』も知恵の一つ。それは、山に囲まれた風土を表すかのように隠語で『フクロウ』と呼ばれ、厳しい冬を乗り越える活力となってきました。

1 March 2023

第22話では、漁の安全と豊漁を願い、冬の日本海でとれた大きな寒ダラを神に奉納する伝統行事『掛魚(かけよ)まつり』を取材させていただきました。掛魚まつりは、にかほ市金浦(このうら)地域で受け継がれてきた漁師の神事に由来し、300年以上前から執り行われてきたと伝わります。タラ漁が最盛期を迎える1月から2月の日本海は大しけが続き、その海は時に金浦の漁師の命を呑み込んできました。漁師は一番の大物を、氏神様である金浦山神社に奉納することで、漁の安全と豊漁を代々願ってきました。

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5 April 2023

2年間の連載最終話では、美郷町六郷に伝わる小正月行事『六郷のカマクラ』の最終日を飾る『竹うち』を取材させていただきました。竹うちは、長さ6メートルの青竹を男衆が雪の中で激しく打ち合う勇壮な行事。彼らは北軍と南軍に別れて対峙すると、古代の合戦を思わせる木貝を吹き鳴らし、気合をたぎらせます。決戦の幕が開けると双方が一斉にぶつかり合い、竹が何度も振り下ろされます。最後の戦いの前には、人々が願い事を記した天筆を焚き上げる『天筆焼き』が行われ、荘厳な火柱が天に向かって昇りました。炎は空間を朱色に染め上げ、激突する男衆を照らし出しました。それは、いにしえの願いと共に歴史を歩む、人間の生きる証しが凝縮された、魂を揺さぶる光景でした。

写真著作権は高橋智史に属します。写真の無断使用、無断転載を禁止します。

© 2025 Satoshi Takahashi
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